唯一の祖父が亡くなったときのこと

 

新年明けて早々、私の唯一の祖父ががんで亡くなりました。
今はようやく前と同じ普通の生活を取り戻しつつある状態です。
四十九日もまだ先のことで終わってないですしね。

年末年始の出来事だったので、新年あけてからも何に対してもやる気が起きないし、うっかり職場で泣いてしまい迷惑かけたりと、最近のお話しなので、思い出すとさみしく感じますが、悲しいお話しじゃないです。それってどうなの?って感じですが、なぜかおじいちゃんも含めてマサ家は葬式でも割と明るい人たちだらけで、たぶんおじいちゃんも怒らないであろうお話しですー(笑)

 

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私にとって唯一の祖父

 

私は母子家庭なので祖父はひとりだけ。母子家庭になったのは幼稚園に入学するまえぐらいで随分と前なので記憶が曖昧ですが、父のほうの祖父はすでに亡くなってたのか、父も母子家庭だったのかよくわからないですが見たことないです。なので、私にとってのおじいちゃんはひとり!そのおじいちゃんが亡くなりました。

原因は〝がん〟だったのですが、余命宣告されてから1年半ぐらいたってます。12月入る前は自宅(祖母の家)にもちょくちょく帰宅できて、椅子に座っていたのですが、声は出ずらい状況。12月下旬で一気に悪化して、病院で暴れたりと先生や看護師さんが手に負えないらしく、家族が24時間体制で見守ることに。そして年末にようやく長期休暇になったので会いに行ったらぐったり。つい1週間前までは暴れて大変だというお話しを聞いてたのに、口を大きくあけて苦しそうに息をしてました。絶食中のためやせ細っていて、先生曰く「年中かもしれないし今日かもしれない」とのこと。なんとか年を明けることはできましたが数日後に息を引き取りました。

それまでは正直おじいちゃんのことをあまり好きではありませんでした。仕事を辞めてからだったかな?機嫌悪くなることも多くて、おばあちゃんに暴力振るったりすることもあったそうで…(そのたびに叔父の奥さんがおばあちゃんの代わりに喧嘩を買ってでては勝利してたらしいけども・笑)そんな話をおばあちゃんに会うたびに母と話してるのを聞いてたので、すっかり嫌いになっていました。

息を引き取ったあと、おじいちゃんが家に帰りたがっていたってことで、おばあちゃんの家へ。通夜の前日に会いにいきました。そのときに私が小学生の頃にはまっていた編み物で作ったコースター(らしきもの・笑)をちょっとでも汚れたら「洗ってくれ」と言って大事に使っていてくれたこととか、就職に失敗してニートもフリーターも経験した私を心配しながらも「ゆっくり探せばいい」と言ってくれてたことなど、色々おじいちゃんのお話しを聞きました。

私はかなりのおばあちゃんっこだったので、最後までおじいちゃんと話すときは緊張しちゃってろくにお礼も言えませんでした。とんでもなく人見知りが激しいんです、私。おばあちゃんに比べたら会話の量も少なかったし、きっとおじいちゃんにさみしい思いさせたんだろうなと思うと、悔いを感じます。

余命宣告されてから1年半。よく耐えたし頑張ったと思います。ゆっくり休んでねと手紙を書いてお別れしました。

 

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しみじみお話ししましたが、年末年始という忙しい時期。

病 院 も 忙 し か っ た そ う で す ね 。

祖母から母へ「やばいかもしれない」という連絡を受けて、母が病院に向かったそうです。私は家で待機。祖母の予感は的中してその日の夜に亡くなったのですが、ナースコールを押してから先生が来るまで1時間!!!やっと先生が来て亡くなったのを確認して臨終時間を言われたそうですが、1時間の誤差あるよ!!こんなアバウトでいいの!!?先生!!!!

あとで聞いた話によると、その日はご臨終された人数がおじいちゃんで5人目だったそうで、立て続けにご臨終のナースコールが響いて大変だったそうです。年末で先生の数も少なかったみたいです。病院の裏側を見たような気持ちになりました…。

母と叔父(母の兄)と祖母で最期の瞬間まで看取ったそうですが、3人でお話ししてるところ途中で「あれ?息してなくない?」ってなったそうです。軽いなおい。息してるかわかる物(名前は不明ですが)を体の下に敷いていたのですぐに気づいたらしいですが、息を引き取ったあと痙攣(ケイレン)を起こすらしいですね。それを3人は「あれ?やっぱ息してる?」と思ったとか。苦しまずに最期を迎えたそうで安心しましたが、この話を聞いてるとき、

叔父「息を引き取るっていうからさ、吸って終わると思ったら吐いて終わるんだね!」

吸って終わったら『ウッ…!』ってなるじゃんwwwと皆爆笑しながら総ツッコミ。多分冗談で言ってるんだと思いますが(笑)

そのあとは叔父の奥さんが「ごはん食べていきなよ~」って言ってくださり、おじいちゃんの隣の部屋で焼肉。ホットプレートがおじいちゃんの部屋の押し入れの中。押し入れに寄せるようにおじいちゃんを寝かせていたので、叔父が祖父をまたいで取り出す様子をひやひやしながら見てました。最後「うおっ」っていうもんだからドキッとしましたよ!ここでプレート落とすのが銀魂の世界ですね。(他人が聞いたら不謹慎だとかで怒られそうな気がしますが、皆おじいちゃん大好きだし悲しんでます。悲しんでます。※大事なことなので。

「新年早々良いことないねー。あ、良いことあったか」と言いながらくいっと祖父を指さす祖母。そのあとも、祖母「頭痛くなってきた」母「おじいちゃんがこぶしでグリグリしてるんだよ」とやり取り。これまた冗談だってわかってるけど、あんたら早いうちに迎えくるよ…(ビクビク)

あと写真を見せてもらったら、おじいちゃんイケメンだしおばあちゃん美人!!何回も母と一緒に「この美人なひと誰?」「それ私だよ!」っていうやり取りをしました(笑)腰も曲がらずピンピンしてるおばあちゃんは今も美人なんだけどね。

葬式前からこんな感じでしたが葬式もこんな感じでした。皆で30ページ近くあるお経を読んだあとは「なんか必殺技が出せそうだったね」とか言ったり(笑)

そんな感じの雰囲気でしたが皆一緒になって泣きました。人生ではじめて親しい身内が亡くなって、母になんて声をかけるべきなのかとかいろいろ考えたんですけど言葉をかけなくても一緒になって泣いてあるのが良い対応方法のひとつなのかなと思いました。あんな感じですけど案外はやく普通の生活に戻れそうなのは叔父たちの周りの雰囲気のおかげだなと思います。

あとはじめて葬式の受付をしましたが何とかなって良かったです…!事務的な態度がいいのか、いかにもなしんみりとした態度がいいのか、どんなテンションで受け付けすればいいのか考えたり緊張してたんですけど何とかなりますね。良かった良かった。

おじいちゃんにはあまり感謝の気持ちを伝えることができなかったので、おばあちゃんにはもっと感謝の気持ちをもっと伝えれるようにしたいと思います。もうすぐおばあちゃんの誕生日なのでね!欲しいっていってた電子ケトル買ってあげます!

 

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